「蛇とつばめとトマト」

 「ママ,僕が,なんてほめられると嬉しい?」と,息子から尋ねられたことがあります。

 親はわが子を何と褒められると嬉しいでしょうか。運動会で「走るのが速い」と言われた時は嬉しかったし,これはあんまり言われたことがないけれど「勉強ができる」も嬉しくないわけがない。「かっこいい」「かわいい」…見た目の問題は親の問題でもあるので,あんまり期待しないでおこう。

 夫に尋ねると,「たくましい」と言われると一番うれしいかもしれないね,という答えが返ってきて,意見が一致しました。実際にそう言われ,とても誇らしい気持ちになったある日の出来事を記します。

 ある春の日。郊外のとある農産物直売所で,蛇がつばめの巣を狙って現れました。直売所にしばしば現れる蛇は,とにかく嫌われもののようで,大人がよってたかって退治しようとしています。長い棒で蛇をこづいたりたたいたりしながら直売所中を大捕り物が繰り広げられましたが,大人たちよりも蛇の方が上手です。蛇はスルスルと人間の手をくぐりぬけすみっこに隠れ,姿が見えなくなってしまいました。

 最初は後ろの方から遠巻きに見ていた息子ですが,きっとそうするだろうなと私が予想した通り,おもむろに前にでていきました。及び腰の大人たちよりも前に立ち,蛇が隠れている場所をつきとめてから,静かに蛇の様子をうかがっています。タイミングを見計らい,しっぽをつかんで少し蛇を落ち着かせてから,頭を優しくつかみなおし捕獲しました。そして,いつもYouTubeを見ている時の猫背の彼とは違って,ヒーローのように背筋をすっくとのばし,大捕り物を見守る見物客の中からでてきました。

 私は,彼のことだから見事に捕まえるのだろうなと特段慌てることなく見ていました。なぜなら,息子が蛇と友だちだということをかねてより知っているからです。やはりある春の日。息子が自宅に帰ってくるなり,「ママ,ママ,ちょっと来て」と大声で私を呼んでいます。いつもと違う剣幕に,息子のもとへ向かうと,身体中ぐるぐるに蛇を巻き付けた息子が玄関先に立っています。都会生まれ,都会育ちの息子の姿とはとても思えない姿に驚いて,「早く逃がしてきなさい!!!」と思わず叫んでしまいました。後で落ち着いて話を聞くと,どうも蛇をつかまえるのはこの日に限ったことではなかったようです。別の日にも,勇敢に蛇をつかんでは安全そうな場所に逃がしてあげている息子の姿を目撃しました。そんな具合ですので,大捕り物が繰り広げられた日にも,私から息子には「その蛇かまないよね?」とだけ尋ね,「アオダイショウだから大丈夫」と息子の答えを聞いた後は,声をかけることも手を貸すことはありませんでした。

 さて,直売所でかわいがられているつばめにとって天敵の蛇は,働く方や近所の方からすると嫌われ者でしかありません。息子が蛇を捕まえてからも,やれ「排水溝に逃がせ」,「いや,道の向こうに追いやれ」,しまいには「殺してしまえ」という声もあがっていました。

 いろいろな大人の声を聞きながら,蛇を優しくつかんでいる手と困った表情とで,どうすればよいか彼なりに考えているようでした。結局,山に逃がしてあげることにしたようです。「蛇だって生きてるし,悪いことしてるわけじゃないし。僕は蛇が好きなんだ。だから,山に逃がしたんだ」と帰りの車の中で説明してくれました。

 一部始終を見ていた,やはり私と同じように男の子を育てているお母さんから,「本当にたくましいお子さんですね」と何度も何度も声をかけられ,とても誇らしい気持ちになりました。一方,息子はと言うと,直売所の方からお礼にと立派な完熟トマトを2袋持たされた上に,直売所の皆さん総出でお見送りまでしてもらい,顔が真っ赤に上気していました。

 気を良くした息子は,「生物博士になりたい」という幼い頃の夢を思い出したようです。そのまま受け止めて褒めてあげればよいものの,無粋な母親は「生物博士になりたいなら,算数頑張らないとね。あと理科も。ママは算数嫌いだったから自分で頑張ってね」と余計な一言を放ちます。息子は息子で,「高校で国語と算数に別れるんだよね。僕は算数の方行くよ」と応じます。こういう会話をすること自体が何て言うのだったけなと思いつつ。

2021年05月21日